クロマティ(乱闘で有名!巨人史上、最高の助っ人)の現在

読売ジャイアンツに在籍したクロマティを覚えている野球ファンはたくさんいると思います。
お尻を突き出すバッティングの構えは30年ほど経つ現在も、頭の中に色濃く残っているのではないでしょうか。ホームランを量産しながらアベレージヒッターとして巨人を引っ張った外国人選手は、巨人を退団して30年近く経った今、何をしているのか徹底的に調べてみました。


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ウォーレン・クロマティの野球人生

*画像出典:芸能レジスタンス

【アメリカ時代】

1953年9月フロリダ州マイアミ出身の黒人の両親のもとに生まれたクロマティ。

もともと左利きだったこともあり、子供の頃は左利きが有利とされる一塁手や投手をやっていましたが、マイアミ・デイド短期大学で野球をやる頃は主に外野を守っていました。

短大時代には日米大学野球選手権に出場したこともあり、もともと注目されていて、短大の卒業と同時にメジャーリーグのエクスポズに入団。

入団2年目は1軍での出番はなく、4年目にようやく日の目を浴び始めてスタメンに定着。

10年もの間、エクスポズには在籍していましたが、1981年には3割を超えるなどホームランは少なかったもののアベレージヒッターとして大活躍していました。

【日本プロ野球時代】

*画像出典:ミドルエッジ

1984年からはFAで巨人に入団することになりました。

1年目はメジャーにいた最終年と同じくらいの打率(.280)に終わりましたが、なんとホームランが35本。
早くも巨人史上最強の助っ人と言われるようになります。

足は速い方ではなかったのですが、2塁打も多いのでミートが非常に上手な印象があるうえに、四球も多くて三振が少ない選球眼のある優れたバッターでした。

プロ野球在籍期間は7年で、779試合出場、打率.321、本塁打171本、558打点。

誰もが認める巨人史上最高の助っ人外国人です。

プロ野球の記録は以下の通り。

・打率.378で首位打者。しかもその年は規定打席に到達したときに4割を打っていましたが、その後も出場して3割台になってしまいました。(1989年)

・打率.363という成績を残すもランディ・バースがそれ以上の打率だったため、打率王にはなれませんでした。(1986年)

・3年連続30本塁打以上。(1984~1986年)

・1989年には驚異の出塁率.449

・1988年に設立された東京ドームで最初にホームランを打った選手。

・1990年、引退する年には敬遠のボール球を右中間に打ち、サヨナラ安打にしました。

他にも伝説的な仕事をしまくっていますが、何といってもクロマティと言えば乱闘事件ですね。


*画像出典:ZAKZAK

現在のプロ野球では少なくなりましたが、昔は乱闘で入り乱れるのも楽しみのひとつでした。

とくに外国人選手は気性が荒いのと、パフォーマンスが大好きなので乱闘をしたがります。

1987年、中日の宮下昌己投手から背中にデッドボールをくらってしまい、そのままマウンドに走って行って右ストレートをかますという乱闘を起こしました。
クロマティの代名詞ともいえる乱闘事件となりましたが、今現在も語り継がれる乱闘事件のその後は、宮下投手とは会っても話をしないほどの溝が埋まったそうです。

(現在は2013年のテレビ番組でクロマティの意向により宮下元投手に直接謝罪し和解しました。)

日本では物凄い人気を誇っていたクロマティも、1990年に巨人を退団し、メジャーリーグに再び渡りました。

ちなみに、巨人を退団した直後に「さらばサムライ野球」という著書を出版。
王貞治監督など、巨人の裏事情を赤裸々に書き綴った本は暴露本と言われてしまいました。

【巨人→メジャーも1年で退団】

再びメジャーに挑戦した1年目はロイヤルズ。

1年間で出場機会にほとんど恵まれない中で、.313の打率を残しながらもこの年で野球選手を引退してしまいます。

なぜ引退したのかは明らかになっていませんが、ケガの少ない選手であったもののさすがにこの年は37歳になっていたので、体力の衰えが原因かと思われます。

クロマティの引退後

*画像出典:デイリースポーツ

1991年に引退後はしばらく仕事をせずにアメリカで過ごしました。

アメリカでの人気はさほど高くなかったので、監督業やコーチなどはせずに、仕事と言えばメディア関係のコメンテーター程度。

そして2002年には日本に戻ってきて、プロ野球マスターリーグの札幌アンビシャスに入団。

現在ではプロ野球マスターリーグはリーグ戦を行っていませんが、元ヤクルトの土橋正幸が現在の委員会議長を務める大きな組織です。ちなみに、クロマティが入団した札幌アンビシャスはこれまで3回の最多優勝を誇っています。

2005年には遂に監督業を。

ジャパン・サムライ・ベアーズという独立リーグのチームで監督をすることになりました。

しかし、そのチーム自体、独立リーグに所属していたのは2005年のみで、クロマティはファンにも暴言を吐くほどやりたい放題だったため解雇という結果に・・・

ここで実績を上げていれば、今ごろはプロ野球チームの監督をしていたかもしれないのにもったいないですね。

2005年は、「魁!クロマティ高校」という題材の漫画に対して、名前の使用を許諾していないとして訴訟を起こして大きなニュースに。

とにかく争いが好きなんでしょうが、本当は心優しい人なのであしからず。

クロマティがプロレスラーに!?

2007年には小川直也が指揮する「ハッスル」でプロレスに参戦!

タイガージェットシンという選手と対戦して、見事に勝利。

昔の乱闘事件で見た右ストレートは炸裂しませんでしたが、メディアも注目した試合になりました。

ただ、参戦はこの1回きりでしたね。

その後は度々、日本のテレビ番組に登場しています。

野球関連の番組がほとんどで、アメリカに在住なので収録のたびに日本に来ているそうです。


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いろんな仕事をしている現在のクロマティ

*画像出典:デイリースポーツ

2017年現在の年齢は9月で64歳。

もうだいぶ高齢ですので、バリバリ働いていることはありません。

2012年にはラジオでDJをしていると、日本の番組で語っていました。

そのころ、Warren Cromatie Baseball Schoolという野球学校も運営していたはずですが、現在はサイトは閉じてしまっているので、無くなっているようです。

また、過去にはバンドでドラムをしていたこともあり、音楽活動もやっていました。
ですが、本気でやっているわけではなくて、趣味の延長のようですね。こちらは現在の情報としては必要ないかもしれません。

現在のもう一つの顔としては、スポーツグッズの販売会社に籍を置いているという情報がありました。

給料はどのくらいなのか、在籍期間などアメリカのサイトをくまなく探してみましたが、情報はほとんどありませんでした。

他の現在のクロマティの活動としては、モントリオールへ球団誘致活動の情報などがあります。

エクスポズの本拠地ですので、知り合いなどが多い地域ですからその活動に一躍買って出たのでしょう。

ただ、現実味はなかなかないらしく、今もモントリオールにメジャーリーグの球団はありません。

いま、MLBは2球団増やすという話が少しあるみたいで、もしそうなれば近い将来にモントリオールに球団が復活する可能性もありそうです。

もう64歳になるクロマティですが、日本での知名度を生かした活動など、今後も期待したいですね。


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